自己紹介
Fラン私立文系のアパレル店員からITエンジニアに転職して5年目
現在はフリーランスとしてほぼリモートで働いている30代
ゆとり世代の「ゆとり」です。
これから記載していく内容は
私の経験に基づいたストーリーです。
自分がどんな人間でどうやってIT業界に転がり込んで来たのか
少し紹介させていただきます。

正直ふっつーの特に取柄もない30代です
まさか自分がITエンジニアとして
しかもフリーランスで働けているなんて
当時は想像もしていませんでした…
企業に所属せず、個人でクライアントと契約して業務を請け負う働き方です。主な仕事には、システム開発、運用、プログラミング、Web制作、インフラ構築などがあります。案件ごとに報酬や契約期間が異なり、働く時間や場所を自分で調整できる柔軟性が特徴です。スキル次第で高収入を目指せます。
学生時代
小学生のころからサッカーを始めて
高校生の時にケガで辞めるまで10年以上続けていました
とはいえ、目立つほど上手いわけでもなく
勉強関しても歴史に興味があった程度で
特に成績がいいわけでもなく

むしろ下から数えた方が早かっt…
そんな感じだったので
大学受験もうまくいかず
私立文系のFランへ
なんとも特徴なさ過ぎて書いてて悲しくなってきた…
新卒時代
学生時代がそんな感じだったので
せめてもコミュニケーション能力くらいはつけておきたいと思い
服好きだったのと会話が必然と求められるスーツ業界へ進みました。
接客業は初めてだったので苦労しましたが
天職だなと思うくらいスーツ販売は楽しくて好きで!
おかげでコミュニケーション能力は少し身に付いたと思います。
今にも繋がる私の唯一の武器でもあります。
ADHD
30代になって初めて知った特徴もあります。
それはADHDです。
私の場合は注意欠如優勢型のADHDでした。
昔からケアレスミスが多く
その度に「なんでこんなミスを…」と
自己肯定感低く生きてきました。
発達障害の一種で、「注意の散漫さ」「衝動的な行動」「多動性」が主な特徴です。具体的には、集中力を持続させることが苦手、思いついた行動をすぐに取る、落ち着いて座っていられないなどの特性が見られます。これらは子どもだけでなく大人にも影響する場合があり、日常生活や仕事に困難を感じることもあります。
辞めるきっかけ
新卒で入ったスーツ会社は職業としてはとても合っていましたが
働き方は真っ黒いでした。(そりゃあもう冠婚葬祭用のスーツの如く)
朝から終電まで残業当たり前で人手も足りない
キツくてキツくて毎日辞めたいと思いながら
でも言い出せず過ごしていた社会人なりたての頃、
給料も低いしスーツの需要は世の中的にも減っており
将来性も不安に感じていました。
将来の給料
そんな時、当時のマネージャーの給料を偶然知ってしまうことがありました。
マネージャーは当時30歳くらいで仕事も抜群にできる
唯一尊敬できる上司でした。
自分たち以上にハードワークをしていて
人気店舗でもありそのプレッシャーを新卒の私も日々感じていました
それで約30万か…
正直失望した。どんなに頑張っても未来はこんなもんか…
毎日朝から終電まで立ちっぱなしで動き回って
クタクタになって帰って
それでも好きな仕事だからなんとか続けていましたが
糸が切れた気がしました
IT業界へ
将来のことを考えると少なくとも今のままでは未来がないと感じ
将来性の高いIT業界を目指し
未経験からでも進める道を探しました
スクールに通い、一から勉強してITエンジニアとして転職
転職後もなんとか食らいつき
3年経験を積んでフリーランスに
Fラン私立文系で真逆の業界からIT業界へ
そしてフリーランスになり、現在は結婚して週4でリモート勤務
収入は2倍以上になりました!!

なんやかんやあって今は余裕のある生活が出来ています
まとめ
全く別のアパレル業界からIT業界へ転職して
様々な価値観を得ることが出来ました。
自分に足りなかった部分や新しい発見
今までの経験が武器になることも
月並みな言葉だけどIT転職をすることで世界が広がりました。
底辺から5年でここまで這い上がれたこと
自分でも運がよかったと思っていますが
このブログを見て同じような境遇の人にとって
少しでも変わるきっかけになればと思っています
ストーリー②では
ADHDについて自分の経験を踏まえて紹介しています。
ITとは関係内容に思えますが
同じように悩んでいる人がいたら少しは勇気を与えられるかも知れないので記事を作りました。
興味がない人はストーリー③へ進んでください。
ストーリー③ではなぜIT業界を選んだのかを記載していま
IT企業の面接でもよく聞かれる内容なので
参考になるかと思います!
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